2010年07月28日

「ナショナリズム」を否定したら国際人にはなれんよ

「国際化」についてオランダに住む日本人の方(本当の国際人)とやり取りしたので、色々調べながら私の考えをまとめてみた。

まず「国際化」の定義だが、私は「色々な文化の良いところを共有し、二国間以上でよりよい文化へ到達すること」と定義したい。この定義は非常に考えた結果であり、自称国際人の方(前ツイートの人を指しているのではない)の言う「国際化」と異なることに留意してほしい。

自称国際人の言う「国際化」は、欧米の一部の人が商売をしやすくする文化の押し売りや相手国文化の破壊を含んでいるため、各地(特に文化の違うアジア)の人から反発を招きやすい。そしてそれは本当の国際化とは言えない。

自称国際人は「ナショナリズムは古い」と言うが、それは間違いで「ナショナリズムは進化している」のである。前述の私の定義する国際化は広義の意味で「ナショナリズム」になる。

ナショナリズムは「民族主義」とか「国家主義」とか訳されるが、それは古い考えでアーネスト・ゲルナーは「政治的な単位と文化的あるいは民族的な単位を一致させようとする思想や運動」と定義している。

アーネスト・ゲルナーの定義を元にすれば、遠い未来は世界統一政府であり、純然たる国際化に至る。この過程で必要なのは「自国の文化を守ること」であり、「他国の文化の良いところを受け入れる」ことである。

「自国の文化を守る」と言うのは国際化と相反することに見えるかもしれない。単一文化になることが唯一国際化への道に見える。しかし、「DNAの多様性を守る意義」を知っているなら「文化の多様性を守る意義」もわかるはずだ。

「他国の文化の良いところを受け入れる」と言うのは、国際化に向けての非常に重要であり、悪い文化を淘汰するプロセスとして必要である。良い文化を残し受け入れていくことで文化圏の境を曖昧にし、国際化への道を開くのである。

私の定義した「色々な文化の良いところを共有し、二国間以上でよりよい文化へ到達すること」が「国際化」であることは納得してもらったと思う。それではこの「国際化」は「ナショナリズム」とどう異なるのであろうか? 自国の文化を守るところは間違いない「ナショナリズム」である。

他国の文化の良いところを受け入れるところが「ナショナリズム」に反するかと言えば「ナショナリズム」の定義「政治的な単位と文化的あるいは民族的な単位を一致させようとする思想や運動」以前の問題だ。ナショナリズムは「文化」に干渉しない。

自称国際人が間違っているのは、ナショナリズムが国際化を妨げる障壁だと声高に叫んでいることだ。これでは「俺たちの商売がやりにくいからお前たちの文化と商習慣を変えろ!」とプロパガンダしていると言われても仕方がない。

本当の国際人は自国の文化を大切にする。また他国の文化を否定しない。本当に国際人を目指すならば第一に自国の文化をよく知り、第二に多様性の意義を骨身に染み込ませる必要がある。

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