2014年03月25日

日本人の信仰心

無宗教を標榜する日本人の「内なる信仰」について考えてみた。ある人は「無宗教だったらお守りを破れるはず」という。「バチが当たるから破れない」と答えると「なんだ、君は宗教を信じてるじゃないか」と笑う。しかし、本当にそうだろうか?

日本人に十字架のペンダントを渡して「へし折ってくれ」と言ったらへし折るだろうか。また「モスクの入り口で立ちションしてくれ」と言ったらするだろうか。無宗教を標榜していても相手を尊重している日本人は自分ではない別の誰かが信仰しているものに砂かけたりしないのではないだろうか。

日本人はいろいろなものに対して敬意を払う。それは地球上のどの物質にも神様が宿っているという考えが根底にある。ただし、その神様を自分自身が信じているわけではない。誰か別の人が信じているから敬意を払っているのだ。

敬意を払うのは人として当然のことだと認識している日本人はその信仰が宗教だと思っていない。いや、神様を信仰するわけではなく、結局のところ人間に敬意を払っているだけなのだから宗教の定義とは違うだろう。だから日本人は無宗教を標榜し、内なる信仰は人に向けられるのである。

trackbacks

trackbackURL:

comments

comment form

(LICALD にはじめてコメントされる場合、不適切なコメントを防止するため、掲載前に管理者が内容を確認しています。適切なコメントと判断した場合コメントは直ちに表示されますので、再度コメントを投稿する必要はありません。)

comment form