2014年04月16日

TOKYO HUBの紹介記事を読んで思うこと

東大卒の人がTOKYO HUBというコワーキングスペースを立ち上げたという記事を読んで、「HUBで人脈ができる」というポイントに魅力を感じた。

だがよくよく考えてみると、私は人脈に何を期待しているのだろうか。
自分が持っていないスキルを期待しているのだろうか。
それとも強烈なカリスマ性を発揮して、私をやる気にさせる人を求めているのだろうか。
お金を出してくれるエンジェルと知り合うことを期待しているのだろうか。

いずれも違うと思う。

私は起業家を目指しているが、起業するにあたって自分ができないスキルを他人に期待するのは間違っていると考えている。
なぜなら誰かが居ないと進まないなら起業するリスクが高過ぎるからだ。
特にレアなスキルであればあるほどリスクは高まっていく。

一例を上げると、「キャラクター」をデザインしてくれる人がいて、その人がデザインしたキャラクターに依存してしまった場合、そのキャラクターを描ける人がいなくなると、軌道修正が必要になる。キャラクターが独特なタッチで描かれていたら目も当てられない。
別の例では、特殊な金属加工技術を持った職人に依存した商品を企画した場合、職人が交通事故で死んでしまったら途中で頓挫することは間違いない。

当然、これらのリスクは避けられないものと避けられるものがある。
上の例で言えば、前者は確実に避けられる。キャラクターは起業段階で取り替えられるものにしておくことは可能だからだ。
後者は避けられる状況にするまで時間がかかる。つまり起業段階では避けられないリスクに分類される。

こういうことを考えると、私がHUBに求めている人脈というのは起業に必要な何か(スキルやお金)ではなく、起業を加速させる何かということになる。

例えば、私は日本語圏以外でビジネスをするノウハウがない。だからマーケットが必然的に小さくなる。するとスタートダッシュを決めるための条件が厳しくなる。だが、日本語圏以外のビジネスを行うノウハウを持った人とHUBで知りあえば、マーケットが広くなる。スタートダッシュを決める条件が緩和される。起業したときのリスクがかなり低く抑えることが可能だ。

人脈がないと起業できないと考えてしまいがちだけど、人脈に頼った起業はリスクが高すぎる。
そんなことを再確認した記事でした。

2014年04月08日

なぜ人間は生きているのか疑問に思うのか

「なんで自分は生きてるんだろう?」って思うことがよくある。しかし、よく考えてみれば、ラーメン屋はラーメン作るために生きてるんだし、主婦は家事子育てするために生きてるんだし、商社マンはものを買ったり売ったりするために生きてる。そこに疑問を感じるのはなぜなんだろう?

自分の境遇に満足できていないから、生きていることにさえ不満を感じている。のかもしれない。ただ境遇は自分で変えることができる。それが良い方向に転ぶか、悪い方向に転ぶかわからないが、とにかく変えられる。ならばなぜ変えないのか。実は満足しているのか。

いや、満足なんかしていない。だって生きることにさえ不満を感じているのだから。ならばなぜ自らの境遇を変えないのか。やはり不安が大きいのだろう。変わってしまうことで自分がどうなるのかわからない。悪くなるぐらいならまだいい。もしかしたら死んでしまうかもしれない。

結果、自己撞着に陥り、自分の置かれた境遇を変えられないから、また「なんで自分は生きてるんだろう?」と疑問に思うようになる。

信じることで人は救われる。これはどんな宗教でも同じことを言っている。ならばそれを自分のやっていることに向けたらどうだろうか。今、自分がやっていることは「正しい」または「価値がある」「誰かのためになる」「社会に貢献している」と。

しかし、ここにも疑問が生じる。他の人と較べて自分のやっていることはなんてくだらないのだろうかと。職業に貴賎なしと言いながら、自分の職業を貶める。他人の職業を必要以上に価値のあるものとして扱う。おそらく職業自体の価値に差はない。

そこにあるのは、「信じているか否か」という違いだけだと思う。迷いなく行っている行動は全部正しく見えるものだ。信念は不思議な魅力を生む。信念から行う行動はオーラをまとう。例え旧来の価値観で間違っていると断じられても、迷いがなければ正しく見えるものだ。

「なんで自分は生きてるんだろう?」と考えることは大事なことだと思う。迷うことも大事だと思う。ただし、ある一定の結論以上は今の自分には必要ないと考えるべきだ。信じて進んだ道の先にしか見えないこともたくさんあるのだし、立ち止まる時間は短いほうがよい。

2014年04月03日

昔のゲームを遊んでみよう(ファミコン編)

 昔のゲームを遊びたいなと思ったのは、「百の世界の物語」の記事を見つけたからでした。

IT media みんなで作るRPG「百の世界の物語」 (1/2)
http://gamez.itmedia.co.jp/games/articles/0604/06/news005.html


 桃鉄が面白いことはだれでも知っていると思うのですが、それがRPGになるとどんなボードゲームになるか想像できる人は少ないと思います。
 各いう私もRPGとボードゲームの融合の仕方を考えてみたのですが、あまりよい案は思いつきませんでした。
 なので、実際に買ってみようとAmazonで中古を買いました。


 私が買った時は2500円でしたが、値上がってますね。


 本物のファミコンはプレミアムがついてPS4並に高すぎるので、ファミコンとスーパーファミコンが遊べる互換機を買いました。ファミコンだけなら2000円からあるみたいですが、よく壊れるらしいので、少し高いこれを買っています。

 ゲームが手元に届いて早速遊んでみました。

 まず4人用です。人が足りない時はコンピュータが参加します。
 ゲーム開始時にはチュートリアルがついているので、遊び方がわからないということはなさそうです。

 次にレベルが上がるまでは2マスしか動けません。街に入るのも1ターン使います。戦闘の1ターンも1ターン消費します。1ターンでできる行動は少ないのでかなり考えます。特に戦闘に入ると逃げるか決着がつくまでターンを消費しますので、他のプレイヤーがどんどん追い付いてくる可能性があります。

 ゲームの最終目的は最初に提示されますが、レベルが低いうちはまず無理です。
 レベル上げをするのですが、それには「モンスターと戦闘で勝利」「街の酒場やイベントマスで依頼を引き受けて達成」などのクエストを行う必要があります。
 クエストには色々な種類がありますが、中には「早い者勝ち」というのもあって、他のプレイヤーが達成できる内容のクエストも多数あります。

 パーティを組むと1ターン2マスしか歩けないレベルでも、2人分で2ターン、3人分で3ターン動けるようになります。それで遠くのマスでも移動が簡単にできるのです。ただし、プレイヤー同士でも戦闘ができ、たくさんお金を持っているプレイヤーを攻撃して倒すことでお金を奪い取ることができます。
「伸るか反るか」という判断がいつも必要なのです。

 このゲームはかなり面白いと思います。友達4人でやったら相当盛り上がることでしょう。協力したり裏切ったりが前提のゲームは今では少なくなりましたが、昔はたくさんありました。その中でも百の世界の物語は秀逸の出来だとお思います。
 

情報社会の中で「地上げ」をする方法

「セドリ」をご存知だろうか。メジャーな手法で紹介すればブックオフなどで安く買ってAmazonで高く売って差額で利益を得るという考え方である。最近では国際化していて海外オークションとAmazonの差額をツールを使って調べる手法も登場している。

そんな日進月歩のセドリの世界であるが、私が1つ考えたセドリのテクニックを紹介しよう。まずこれを紹介している時点で私は実施していないことをご理解していただきたい。実施には細かな問題の解決と様々なリスクの対処が必要である。

Amazonでファミコンのソフトなどを見るとプレミアムがついているものがある。ただ滅多に売れるものではないし、供給者がひとりではないので価格競争になる。だから本来なら6000円程度の売価が期待できても2500円で売る店が出てくる。

このような状況を打破するには競争相手の6000円以下の売価のものはすべて買ってしまえば良いのだ。それで独占が完成する。独占したら6000円で販売すれば利益が出る。ファミコンのような古いソフトは供給量に限界があるためこの手法が通用する。

リスクとしては供給量が予想より多かったとか、需要がまったくなかったとかがある。供給量は時間かお金が解決する。買うか時間が経てば必ず市場からソフトはなくなるので多少時間が掛かるが独占することは可能だ。

需要に関しては、掘り起こしが必要だ。ファミコンのソフトに関して言えば、もう家で遊べないと思っている人も少なくない。現在ではファミコンの特許切れでファミコン互換機が多数発売されているため、逆に需要が高まっている節がある。

懐かしいソフトの紹介ページを作れば、ふとした瞬間に遊びたくなる人もいるのではないだろうか。今回はファミコンに関して書いたが、他の対象でも同じ考え方ができる。要は「土地転がし」と同じである。価格差のある資産を買い占め、同じ価格に「地上げ」して全部売るのである。