掲示板心理学

 2chのスレを観察していて個人的に良く考えることがあります。
 それを纏めて以下に書きますが、真面目に書いているように見えて、飽く迄「ネタ」です。

掲示板はスレ全体で「俺」(ひとつの人格)

 すでに「エアギア」などの漫画でもネタとして取り上げられていますが、2chなどの匿名掲示板で個人の識別は必要ありません。IDで区別することもありますが、概ね荒らしを排除するためであり、個人の個性を感じようということはないです。
 それよりもスレ全体で「俺」もしくは「漏れ」などの一人称、また口調も統一されて書き込まれており、一つの人格として見えます。

書き込みは「俺」と同化して(共感・一体感)

 上記のような文化がありますので、書き込む場合は「俺」と同化して、自分の個性が目立たないように書き込みます。
 目立たないように書き込んだ場合、自分の書いた書き込みと共感・一体感を示す「俺」の書き込みがあります。これで書き込んだ人は「俺」から承認されたことになり、一種の共感・一体感を得た形になります。
 人間の欲求は多々ありますが、競争する数が多い場合、認められる(承認される)機会は非常に少なくなります。特に人と会っていないような状況(閉じこもり状態のニートなど)では機会自体がなく、「承認されること」と「生きること」は「イコール」になっている場合も少なくありません。

 これらの文化は、いわゆる「滅私」の精神が働いているところを見ると、これは非常に日本人らしいものだと思います。
(海外の掲示板でも同じなのかわかりませんが)

拒絶してきた「俺」の人物像

「俺」とそぐわないと感じる書き込みがあった場合、中にはそれを排除しようと攻撃を開始する人がいます。例えば、「くれくれ」君とか、私怨から書き込みを行ったりとか、主にスレの話題からずれる、ネタでもなくガチでおかしいような場合に多く見られます。

 仮に自分では私怨だと思っていないけど、書き込みをしたら「私怨だろ」と断定され、「こいつはバカだ」「おまえが可笑しい」などの攻撃があったとします。
 すると、書き込みをした人が受ける印象というのは非常に面白いことが起こっています。
 まず、「仲間だと思っていたのに排除された孤独感」「大勢の人から攻撃を受けたことによる焦燥感」などの印象を受けます。
 ここで面白いのは、スレ全体でひとつの人格と見ているが故に、まるで自分だけが異分子なったんだと思ってしまうことです。
 また書き込んでいる人はニートが書き込んでいるかもしれないし、犯罪者かもしれないし、社会的に認められていない人かもしれないし、色々な可能性が考えられるはずですが、拒絶された人は掲示板の人格に「自分」を投影してしまい、同い年の(社会的に認められた)友達から拒絶されたような気がしてくるのです。
 ここで、深く悩まずにスレの人格から分離して対峙することを選べば「荒らし」になり、再びスレの人格に同化しようとすれば「自分の存在を消す」ことになります。
 どちらにしても、掲示板という環境を通して得た共感・一体感に似た感情を欲し、それに依存し始めた兆候だと思われます。

集団心理との違い

 似たような状況に「集団心理」があります。
 拒絶されることを恐れ、間違っているはずのことを正しいと思い込み、集団心理として多くの人が同じことを考え行動する状態を表しています。
 掲示板でもこういう状態になることは多々あります。
 ランキングへの組織投票、韓国における2ch一斉攻撃などなど。
 しかし、通常、掲示板に働いているのは「共感・一体感」による「承認」であり、「共感」しないことには見向きもされず、暴力などの実効性を伴うこともできないため、集団心理のように暴走する機会は非常に稀といえます。

掲示板の隆盛

 掲示板へ書き込みしている人の年齢は比較的高いと言われています。
 というのは文字文化であり、インターネットの歴史から言えば古い部類に入ります。
 よつばチャンネルという画像掲示板もありますが、こちらもすでに古い部類に入っています。
 現在では「共感・一体感」を得るものは「ニコニコ動画」のように視覚的に分かりやすいものに移っており、掲示板を支持する層が大きく減ることはないでしょうから、掲示板文化が廃れるとは言いませんが、新しい人が入ってこないことから、これ以上の拡大もしないと考えられます。

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Last-modified: 2010-03-31 (水) 10:43:47 (2281d)